なぜ、愛を語る宗教が人の命を奪うのか?

心理カウンセラー衛藤信之

愛が溢れ みんなが幸せになる世界を求めて

どうもー!感謝してます!

今回は、心理カウンセラー(公認心理士)衛藤信之先生の動画
【なぜ、愛を語る宗教が人の命を奪うのか?】の文字起こしとなっております。上のリンクが動画となっております。

Youtubeのクリップ機能を使ってリンクを貼りました。何か不都合がありましたら
【お問い合わせフォーム】からご連絡ください。

youtube上に2023/10/21にアップロードしたものとなっています

地球が誕生して46億年。
生命が誕生して38億年、そして「意識」の脳が誕生して20万年です

意識には、愛(光)と憎悪(暗闇)の光と影があります。その愛と対極に兵器が存在しています。46億年の地球の歴史を終わらせるような火器兵器を、僕たちの時代は持ってしまいました

今まさに僕たちの「神性」が問われる時なのかもしれませんね。他人事ではなく皆で考えたいものですね。

引用元:心理カウンセラー衛藤信之【なぜ、愛を語る宗教が人の命を奪うのか?】概要説明より抜粋

この動画のポイント

・【愛】の反対は【無関心】
・それぞれの正義
・人の命は儚くそして尊い

これより衛藤先生の動画【なぜ、愛を語る宗教が人の命を奪うのか?】文字起こしとなります

競わない 比べない 争わない 世界の平和に向けて

さて今回は緊急にこの話をしたいと思うんですね

なぜ愛を語った宗教がそれぞれに対立して
多くの本当に罪のない人達を巻き込んで命を奪ってしまうのか?

皆さん考えたことがありますか?
おそらく疑問を感じておられる人多いと思うんですね

今まさにハマスの武装勢力とイスラエル軍が本当に戦ってますよね
もちろん
そのハマスのやっている命の盾だとかそれを拉致するとか

またロケットで最初に攻撃したまさにテロですよね
それは許されざることです
でも実際に
あそこの場所は本当に都市で、多くの人たちの中にハマスの武装集団が潜んでいるから

それを叩き潰すっていうことは
たくさんの血が流れるっていうことは前提なわけです

もともとあそこの『エルサレム』っていうところは
まさにイスラエルの持っている「地域」のですね

あそこは『世界の火薬庫』と言われて
まさに『ユダヤ教』『キリスト教』そして『イスラム教』

それぞれが『聖地』なんですね
なぜか?っていうのは
皆さんたぶんご存じだと思うんですが
元々は一つの神を

それぞれ同じ神を信じているんですね
新約聖書から始まって
「この世界を創ったのはその大いなる神だよ」

それをそれぞれが信じている
ユダヤ教の人達はそうやって最終的に
メシアみたいな人が現れる」と思って信じていたら

イエス・キリスト』っていう人が現れて
もっとすごい荘厳ないでたちで現れると思ったら
罪人とか漁師とか本当にお金を持たない人たちに

まさに汚い格好で法を説いて
立派にそのユダヤ教を信じていた人たちをああやって見た目だけで

皆の見ているところでお祈りをする
あれ自体が実は
『神の門から遠いんですよ』

そういうユダヤの民をすごく否定した事で
キリストはイエス・キリストは十字架にユダヤ人によって磔られたわけですね

その後にイスラム教ではですね
また新たな預言者が現れて、それがイスラム教のベースになっている

だから元々は『聖書』の中で
「真なるものがこの世界を救うんですよ」というものが
「きっと神様が用意してくださるだろう」と言ってたのが

それぞれが違った角度でその神様に
だから
俺たちの神が正しい
俺たちの救世主が真実だ」ていうことで戦いをしている訳ですよね

お前たちのそんなのは神じゃない」っていうユダヤの人たちもですね

そうやって結果的にあそこがまさに
『世界の火薬庫』
あそこから世界にブワッと火種が向かってしまうと

「第三次世界大戦はもう無視できないだろう」て言われてます

『マザー・テレサ』という人が日本に来た時にこう言いました

私たちの『愛』の反対は『憎しみ』だと思っているでしょう?
そうじゃなくて、我々が「他人事だ」とか
「自分の国とは違う」っていうことで静観して

『無関心』が一番『愛』の反対なんですよ

っていう言葉がすごく僕は印象に残っているんですね

だからこそあえて
宗教というものを考えてみたいと思うんですね

僕は『みんなが幸せになる』っていう
てっぺんは同じだと思うんですね。ただ登り口が違う

皆が幸せになるために道が違うのに
どっちのルートの方が正しいか」そればっかりやり合ってる

おそらく目覚めたブッダ(仏陀)にしても
ブッダが歩いてて、キリストの信者が湖で溺れてたら
おそらくブッダは
「キリスト教の信者だから放っておきましょう」ってことはなく

おそらくブッダは身を挺して助けただろうし
キリスト
イエス・キリストもそうですよね

おそらくブッダのお弟子さんが苦しんでいたら
「どうしたのですか」と助けたと思うんですね

本当に『覚醒者』目覚めた人たちは、きっとそういう派閥なんかにこだわらなかった

でもその末端の人たちが
俺たちが真実を語ってる!
俺たちが真実を語ってる!
ってこう対立が起こるんですね

だから皆さんご存じですかね
実はイエス・キリストも実は書物を残してないんですね

きっと思ったんでしょう
こうやって書物を残すと
俺たちがイエス・キリストの考えを一番正しい

俺だ!」「私だ!」ってきっと分派が生まれる
だから
求めよ さらば与えられん

本当にずっとあなたたちが願い続ければ、必ず答えは、あなたの中にありますよ

誰かに教えてもらうと必ず

「俺の方が本家だ!」
「いや私の方が!」ってことになって対立しちゃう可能性がある

おそらく
お釈迦さんもそうですよね
八万四千のお経があると言われてますね

でも必ずお経の最初には

如是我聞にょぜがもん

私はお釈迦様からこのように聞きましたよ」ていう意味なんですね
そこからお経ってスタートするんですね

だからお釈迦さんが書いた書物もないし
イエス・キリストが書いた書物もないんです

全部あれお弟子さん
4人のお弟子さんが書いたのが新約聖書ですよね

『ソクラテスの哲学』
実はソクラテスも何も残してないですね

あれはプラトンっていう人がお弟子さんが書いたものですね

やっぱり
その下の人たちってどうしても残したがる
残したがって
自分たちが一番その師匠の言わんとすることを本論を通してる

それで「お前たちは偽物だ!」ってなる
だからおそらくこうやって
仏教でもたくさんの宗派に分かれて

まさにこのエルサレムでもたくさん
この同じ神を信じているのに「どっちが正しいか」のいがみ合いをしてる訳ですよね

そう考えると僕たちって
一旦「これが正しい」って信じてしまうと 絶対疑わないですよね
「私、間違ってないもの」

結果的にそれの考えもしくは価値観
その思いに反対する人をやっつけたくなる

これがもうずっと有史以前から続いてる人間の本質ですよね
だからブッダもイエスもまさにソクラテスも

本当にすごい思考の持ち主は
こうやって形に残すと結果的に争いが起こるんだろうな

おそらく心の中では知ってたんだろうなと思うんですね

だから宗教の仏教では
『末法』っていって
やがて法が通らない時が来ますよ

『そしてキリスト教では、終わりの時はどういうことが起こりますか?
「戦争の噂を聞くだろう」
そして『私が神だ』っていう人たちが現れる

その時には気をつけていなさい

似たような時代の符号が今僕たちの時代に重なってきてるんですね
みんなが
『自分たちが正しい』

いやこれ日本の領土問題もそうですね
中国や韓国や また台湾なんかもそうかもしれません

そういった部分で領土問題っていうのはやっぱりありますよね

そしてそれぞれがみんなが
「自分が正しい」
「自分が間違ったことは言っていない」っていうことで対立が始まる

さぁ
そこで何が起こるかって言うと、戦争ですよね

皆さんにちょっと聞きたいんです
僕たちの思考

どっちの宗教どっちの考え方が正しいていう思考と

皆さんの命

どっちの方が大切だと思います?

何か小学校に聞くような質問かもしれません
でも戦争中だと日本がおそらく
「思想が大事だ!国が大事だ!」ってなったと思うんですね

今の法律では一応は『国民主権』
「ひとりひとりの国民の命が主人公ですよ」

でもそれも今どんどん政府の方が大きくなって
「まぁなんか物価が勝手に上がったな」とか

どんどん何か個人個人が
「もうそうなってるから従わざるを得ない」
だんだんひとりひとりの意見が小さくなってますよね

だから何か時代が逆行してるなって気がしてるんですね

僕たちの命は
38億年前に命が生まれました。海の中でね

その38億年の後に20万年で、実は僕らの思考を持った僕たちの祖先

アウストラロピテクスとかあの辺のものが生まれたものが
20万年前って言われてますね

これね
どういうことかっていうと簡単に言うと

人類が命が生まれて
そして思考を持ったものが生まれるのに

だいたい一年で歴史を遡ると
いいですか

人類の始祖が生まれたのはもう本当に魚から陸上に上がって
爬虫類の時代を経て
そしていっぱいいろんな命に分かれましたよね

そして思考を持った人類が生まれたのは
なんと一年でいうと12月31日の午後11時

もう半ば過ぎなんですよ
まさにニューフェイスなんですよ

そのニュースフェイスの僕たちの思考が
下手すればこの地球上の全生命圏を命を

絶ってしまうような
今時代に入っているっていう
この愚かさですよね

ここに例えばもっとわかりやすい事例で言いますとね

例えば皆さん38億円持っていたとしましょう
38億円ですよ
20万年前っていうとたとえて20万円

だから38億円持ってる人がちょっと友達に何か美味しいもの御馳走しましょうって言った時に
「20万」
「いいよ俺38億円持ってるから!」

20万円ぐらいで御馳走するよ!って感じ

極端な話
イエス・キリストが誕生したのが西暦ゼロ年ですから
2000年

ということは、2,000円の
キリスト教を否定しているんじゃないですよ

歴史的にいうと
2000年のニューフェイスなんですよ
僕たちの宗教観とかどっちが正しい

それを脈々と命を受け継いできて
たくさんの動物や植物の命の上に成り立っての人類

それを僕たちは、この地球を何回も滅ぼすぐらいの
原爆や水爆やもうまさに中性子爆弾みたいな

この地球上のすべての生命が滅んで
しまうような力を人類は持っている

それを僕たちは預かってるんですよね
そのニューフェイスが
相手の命を絶ってまで通すべき主義主張ってあるんですかね
僕はそう思うんですよね

今回岸田総理がすごく叩かれてました
全ての関係者にぜひとも自制を持ってもらいたい

そうするとネットではですね
総理なんだからもっとイスラム側に付け
俺たちはG7でイスラム側につくのが日本の立場だ!」とか

元々ハマスはテロだぞ!
そんな人間に両方テロに自制なんか持つわけがないじゃないか!」とか
そういう意味では
旗色をはっきりしろ!俺たちはイスラム側につく!」とか

僕ね
岸田総理が言われたことは決して悪くないと思う
大事な事は
それぞれに考えはみんなあるんです

だからこそ
今、僕たちができることは主義主張を通す前に
まず僕たちが相手の立場になったり

今自分の正義
自分の正しさで、どれだけ多くの人たちの命を奪おうとしてるかっていうのが
それぞれが真剣に世界中の人が考えないといけない

それが僕は
『自制心』だろうと思うんですね

まさにそういう意味では、僕たちは何か大事なところで
命を本当に脈々と38億年の命を
わずかニューフェイスのこの思考

新しい『ニューブレイン』って言って
大脳新皮質
本当に20万年ぐらいですよね

その20万年ぐらいのニューフェイスが
38億年生きてきた命を絶っていく

それがどんな愛の理論であろうが
主義主張であろうが
僕はそれはやっぱりおかしい
大事な事は
「みんなが幸せになりたい」

それだけを目指して『天』
ある意味で『頂上』があれば

入口出口
また登山口
それぞれ違って僕はいいと思うんですよ

『アラン・ワッツ』っていう人はこう言ってますね

ユダヤ教 キリスト教 回教 仏教 ヒンドゥー教
すべての宗教は分裂しやすく 闘争好きなものである

宗教は『救われたもの』と『救われざるもの』に『呪われたもの』にも分ける

真の信者』と『異端者』『違う異端者』とに分け
そして
内輪集団』と『よそ者集団』とに分けている

まさに『抜け駆け主義』である
また『宗教的自由主義』ですら

「私たちはあなた達より寛大だというゲームを続けている」

これは『禅』をアメリカに広げた
アラン・ワッツっていう人が
「宗教っていうのは元々みんなが『自分が正しい』

そして愛を語った者同士がいつかこうやって本質を外れて

相手の命まで絶ってまで言うべき主義主張が台頭し始めた時には恐ろしい時代が来るよ
って言ってるんですね

だから僕の好きな『禅』っていうのは
禅も
「自分の教わった先生すら疑え」

全て自分が正しい
『禅』というのは『中道』を取るんです

でもないでもない真ん中

百尺の真ん中っていうと五十尺
でも禅のいう中道は
「自分の物差し百尺の如何が歩を進める」って言って一歩外に出て

自分の正しいと思ってる物差し自体を疑う

この物差しの五十尺にドンと居座っちゃうと

俺たちが正しい!俺たちの考え方!
俺たちの民族!俺たちの宗教!俺たちの肌の色

でもそこからちょっと外に出ると
みんなそれぞれが物差しあるんだよね

そうやって自分の物差しから外に出たところに
『中道』というのがあるんですよ」ということを言ってます

さぁちょっと話がね難しくなっちゃいましたけど
常に僕たちの正しさを疑うっていう心が
今の時代
必要なのかもしれません

相手側に立ったりいろんな角度で
本当に僕たちは
「どうやったら全人類が幸せになるのか?を無関心ではなくて考えないといけない!」と思って

今回このYouTubeを緊急で撮りました
何か今日得ることがあったら
またそれは皆さんの方で、多くの人たちと一緒に考える機会にしていただければと思います

また何か機会があったらYouTubeを撮りたいと思いますので
よろしくお願いいたします

じゃ今日はこの辺で
さよなら

皆さんに豊かな平和な社会が来ることをみんなで願えば
集合無意識できっと世界はそうなると信じてます
それじゃあ今日はこのへんで
さよなら

さいごに

衛藤先生の質問で
・どっちの宗教どっちの考え方という思考
・皆さんの命

どちらが大切か?

文化や宗教、個人の経験によっても
このような価値観は大きく異なります
人間の命を尊重し他人の幸福や安全を考慮することは

倫理的な観点から非常に重要です
ただし、宗教や哲学的な信念も、多くの人々にとっては生き方や
価値観を形成する上で重要な要素でもあります

しかし
限りある
だからこそ人の儚くそして尊いのです
命、生命があってこその世界

命が大切なことは明らかです

正義だけを振りかざせば良いというわけではないはずです

この素晴らしい世界を愛溢れる幸せな世界を全人類が目指す事を
私は望みます!

ここまで読んでくださったアナタは本当に優しい人です。ありがとうございますm(__)m

感謝してます

争いのない平和な世の中が訪れ
幸せな日々が送れる世界を信じています


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